11月末。
林道のゲートが閉まるまで、あとわずか。
今回は、積雪期の蝶ヶ岳に三股登山口から登りました。
三股登山口へ続く鳥川林道は、11月末から冬季通行止めになります。
通行止めになると、駐車場のある「ほりでーゆ四季」から登山口まで約8.6kmを歩かなければなりません。
往復で約17kmの林道歩き。
それは正直、なかなかの試練です。
だからこそ、ゲートが封鎖される前のわずかな期間を狙って登ることにしました。
蝶ヶ岳には冬季小屋があり、避難小屋泊を楽しむこともできます。
しかし、蝶ヶ岳ヒュッテの小屋閉めからゲート封鎖までの期間は、たった1週間。
この短いタイミングを逃せば、
8.6kmを歩くか、上高地から徳澤園脇を経由して登るかの選択になります。
どのルートを選ぶにしても、初心者には簡単とは言えません。
ある程度の経験と雪山装備、そして判断力が求められます。
今回は無理をせず、日帰りでの挑戦にしました。
正直な感想としては、想像以上に登りやすい山でした。
もちろん、初めての雪山としておすすめはできません。
しかし、往復4時間ほどの雪山を余裕をもって歩ける方にとっては、確実なステップアップになる山だと感じました。
それでは、積雪期の蝶ヶ岳の様子をご覧ください。
【注意】
登山は事前計画が大切です。事故なく楽しく登山をするために、体調面含め必要な登山用品を準備してから登りましょう。
三股登山口、気温0℃。秋と冬のあいだに立つ
三股第一駐車場に到着したのは午前6時00分。
外気温は0℃でした。
車のドアを開けた瞬間、頬に触れる空気がひりつきます。
けれど風はなく、空は澄みきった青。
今日は穏やかな一日になりそうです。
足元には落ち葉。
見上げれば紅葉。
しかし、その向こうの稜線は白い。

同じ山の中に、秋と冬が同居している。
その境界に立っていることに、少し胸が高鳴ります。
レイヤリングは、
メリノウールのベースレイヤーにアクティブインサレーション。
行動中はこれで十分。
レインウェアとダウンはザックの中へ。
水は1.0L。
念のためピッケルを持ち、チェーンスパイクとアイゼンも携行します。
岩場はありません。
けれど「使わなかった」で終われる準備をしておきたい。
6時20分、出発。
標高差は約1,200m。
今日は雪の蝶ヶ岳です。
力水 ― 冬の山に入る覚悟をする場所

標高約1,500m。
歩き始めて約1時間で「力水」に到着しました。
凍ることなく流れ続ける水。
冬の山で水があるということが、どれほどありがたいか。
その音を聞いていると、自然と背筋が伸びます。
ここから山頂の2,600mまで、必要な水はすべて担ぎ上げなければなりません。
今日は日帰り。
けれど想定外はいつでも起こり得ます。
迷った末に、水を1.5Lまで増やしました。
ザックは少し重くなります。
でも、その重みは安心でもあります。
冬山では、余裕はそのまま安全につながると感じています。
階段地帯で感じる、自分の状態

力水からは階段が続きます。
呼吸は深くなる。
心拍は上がる。
でも、苦しくはない。
身体の感覚を一つずつ確かめながら歩きます。
標高1,700m付近。
体感気温は3℃ほど。
止まれば冷える。
動けばちょうどいい。
汗をかきすぎないように、少し抑えて歩く。
積雪期は、派手な技術よりも、こうした小さな調整の積み重ねだと思っています。
力水から階段を登り続けると、やがて現れるのが三股ルートの名物。
通称「ゴジラみたいな木」です。

標識があるわけではありません。
けれど、多くの登山者が足を止めます。
私もその一人でした。
最初は、「どこにあるのだろう」と思いながら歩いていました。
そして、ふと視界の端に違和感を覚えます。
振り返ると――
確かに、ゴジラ。
大きく口を開け、今にも吠え出しそうな姿。
横顔はまるで恐竜のようでもあります。
人工的に作られたものではなく、自然が長い年月をかけて形づくったもの。
風雪が削り、枝が折れ、幹が残り、
偶然が重なってこの姿になったのでしょう。
それでも、あまりに出来すぎていて、
自然が少し遊んだのではないかと思ってしまいます。
積雪期は幹の周りに雪が積もり、
白い背景に浮かび上がるその姿がより際立ちます。
ここまで階段が続き、呼吸も上がっている頃です。
だからこそ、この木に出会うと自然と笑みがこぼれます。
山の中でふっと肩の力が抜ける瞬間。
こういう小さな楽しみが、長い登りを支えてくれます。
ただし、触れたり乗ったりするのは控えたいところです。
自然が長い時間をかけてつくった造形です。
いつか形が変わる日も来るでしょう。
だからこそ、今の姿を静かに眺めて、また歩き出します。
まめうち平 ― 静寂の始まり

標高1,900mのまめうち平に到着したのは8時45分。
ここから雪が増え始めました。
笹の上に積もる薄い雪。
踏みしめると、かすかな音が返ってきます。
不思議なことに、雪が増えると世界が静かになります。
音が吸い込まれるような感覚。
紅葉で賑わっていた山の麓から、
静かな冬の山へ。
この移ろいを歩いている時間が、とても好きです。
ここで5分休憩。
そして、少し後悔します。
ダウンを着なかったこと。
行動中はちょうどいいアクティブインサレーションも、止まると急に頼りなくなる。
休憩時、アクティブインサレーションだけでは少し寒さを感じました。
冬山では止まると一気に冷えます。
今回持参していたパタゴニアのダウンセーターは、休憩時にさっと羽織れるタイプ。
行動中は不要でも、安心感が違います。
次からは、迷わず一枚足そう。
そんな小さな学びも、積み重ねていきます。
蝶沢の氷 ― 迷う前に装着する

標高2,100m付近。時刻は9時25分。
日陰の階段が完全に氷化していました。

ここでチェーンスパイクを装着します。
まだ歩けるかもしれない。
でも、「まだ大丈夫」は一番危うい言葉です。
まだ歩けそうでも、迷ったら早めに装着する方が安心です。
私が使っているの下記のチェーンスパイクです。
11月下旬のような浅い凍結であれば、アイゼンよりも扱いやすく、着脱も簡単です。
そして、5年ぐらい使っていますが、全く壊れる様子がありません。
装着して歩くと、安心感がまるで違います。
この日の雪と氷は浅く、チェーンスパイクで十分でした。
アイゼンは不要。
けれど条件が変われば判断も変わる。
山は毎回違う。
だからこそ、今日の山を丁寧に観察しながら進みます。
蝶沢を越えてからの急登 ― 静かに試される区間

蝶沢を越えると、登山道の表情が変わります。
ここからが、三股ルート後半の核心部。
階段が続きます。
しかも、なかなか終わらない。
標高はすでに2,100mを越え、
呼吸は深く、足取りも少し重くなってきます。
雪が積もっているおかげで段差がやわらぎ、
足幅も自分に合わせて踏み出せるのは救いです。
無雪期よりも、むしろ歩きやすいと感じる場面もありました。
とはいえ、急登は急登。
斜度はしっかりあります。
振り返ると、安曇野の町が遠くに見えます。
紅葉の色が混ざる山麓と、白く染まり始めた稜線。

登るほどに、景色が少しずつ変わる。
それが、この区間の支えになります。
技術よりも“丁寧さ”が求められる

この急登に、特別な技術は必要ありません。
よじ登る場所もなく、
手を使うような岩場もありません。
ただ、足元は踏み固められた雪と氷。
チェーンスパイクは装着したままが安心です。
気を抜くと、後ろに滑る。
疲れが出てくる時間帯だからこそ、
一歩を丁寧に。
ペースを上げすぎない。
止まりすぎない。
汗をかかない。
積雪期の登山は、派手な場面は少なくても、
こうした小さな判断の連続です。
大滝分岐から山頂へ ― 静かな高揚

10時30分、大滝分岐。
山頂まで約15分。
視界が一気に開けます。
遠くの方に常念岳、その奥に雪化粧された山々を見ることができます。

ここまで約3時間50分。
技術的な難所はありません。
よじ登る場所もありません。
蝶ヶ岳が「登りやすい」と言われる理由が、よくわかります。
それでも、雪山は簡単ではありません。
派手さはなくても、
準備と判断を積み重ねた先に、この景色がある。
白い山並みを見つめながら、
静かに満ちていく感情があります。
嬉しさとも、安堵とも少し違う。
ただ、「来てよかった」と思える時間。
それが、積雪期の蝶ヶ岳でした。
山頂 ― 穂高連峰と向き合う時間

10時45分、蝶ヶ岳山頂。
気温は推定−4℃前後。
風は弱く、稜線に立っても体が煽られることはありません。
この日の条件は、本当に穏やかでした。
そして、正面に広がる穂高連峰。
奥穂高岳、前穂高岳、西穂高岳。
その奥に、槍ヶ岳の鋭い穂先。
距離はあるはずなのに、
手を伸ばせば届きそうな近さでそこにあります。
白く染まった岩肌は、夏とはまったく違う表情。
険しさよりも、静けさが際立つ。
雪は山の輪郭をやわらげます。
けれど、その奥にある厳しさは消えません。
この距離感が好きです。
近づきすぎず、離れすぎず。
ただ、向き合う。
山頂は賑やかではありませんでした。
数人の登山者が、それぞれの時間を過ごしています。
誰も大声を出さない。
この景色の前では、自然と声が小さくなります。
しばらく、何もせずに立っていました。
登ってきた道を振り返り、
安曇野の町並みを見下ろし、
そしてもう一度、穂高連峰を見る。
派手な達成感というより、
静かな充足感。
「来てよかった」
その一言で十分でした。
蝶ヶ岳山頂から見える主な山々

蝶ヶ岳の山頂は、北アルプス屈指の展望台です。
正面に広がるのは、圧倒的な穂高連峰と槍ヶ岳。
穂高連峰
まず目を引くのが、堂々とした奥穂高岳。
その右手に鋭い岩峰を連ねる北穂高岳。
岩稜が続く「ザイテングラード」や穂高山荘も確認できます。
さらに、氷河地形で有名な涸沢カール。
紅葉の名所としても知られていますが、積雪期は白く静まり返ります。
大キレットと南岳
北穂と南岳をつなぐ痩せた稜線が大キレット。
北アルプス屈指の難所として有名な区間です。
その先に南岳、そして中岳が続きます。
槍ヶ岳
そして視線の先に立つのが槍ヶ岳。
その特徴的な穂先は、どこから見てもすぐにわかります。
右側には大喰岳、その奥に北鎌尾根や東鎌尾根が伸びています。
冬の槍ヶ岳は、夏とはまったく別の山のような静けさをまとっています。
横尾尾根と屏風岩
足元に目を落とすと、横尾尾根や槍沢。
左手には岩壁が迫る屏風岩も確認できます。
蝶ヶ岳の山頂は、
ただ山を見る場所ではありません。
それぞれの山の名前と位置がわかると、
景色は一気に立体的になります。
「次はあの稜線を歩いてみたい」
そう思わせてくれるのが、蝶ヶ岳の展望です。
蝶ヶ岳ヒュッテ冬季小屋 ― 風を遮るという安心

山頂のすぐそばに、蝶ヶ岳ヒュッテがあります。
営業は終了していますが、冬季小屋は開放されています。
入口の扉は重く、
持ち上げるようにして中へ入ります。

扉を閉めた瞬間、外の音が遮断されます。
静寂。
ヘッドライトを点けないと何も見えない暗さ。

少し身を低くして進むと、もう一枚扉があります。
その先が宿泊スペースです。
中は土間と、約10人ほどが寝られるスペース。

気温はほぼ外気と同じ。
暖かいわけではありません。
けれど、風がない。
それだけで、安心感がまるで違います。
雪山で「風を遮れる」ということは、
それだけで価値があります。
ここに一泊1,000円で泊まれるというのは、本当にありがたいことです。
トイレも使えます。
あの重たい扉を何度も開けずに済むのは、
積雪期には大きな利点です。
もちろん、水場はありません。
力水から担ぎ上げるか、雪を溶かすか。
楽ではありません。
けれど、この小屋があることで、
蝶ヶ岳は“挑戦できる山”になります。
北アルプスの冬季小屋泊を初めて経験するなら、
条件の良い日に、ここから始めるのは良い選択だと思います。
山頂で思うこと

雪山は、派手ではありません。
色は少なく、音も少ない。
だからこそ、自分の内側がよく見える気がします。
焦り。
過信。
慎重さ。
喜び。
すべてが、静かに浮かび上がる。
蝶ヶ岳は、技術的に難しい山ではありません。
けれど、積雪期はいつもと違う顔を見せます。
登りやすい山だからこそ、
丁寧に向き合いたい。
その積み重ねの先に、
この景色が待っていました。
積雪期の蝶ヶ岳は、静かに背中を押してくれる山
蝶ヶ岳は、北アルプスの中では「登りやすい」と言われる山です。
実際、岩場もなく、よじ登る場所もありません。
踏み固められた登山道を、丁寧に標高を上げていくだけです。
けれど、積雪期になると話は少し変わります。
凍結した階段。
冷たい風。
水の重み。
止まった瞬間に感じる寒さ。
特別な技術が必要なわけではありません。
でも、「準備」と「判断」は確実に求められます。
だからこそ、この山はちょうどいいのだと思います。
いきなり厳冬期の岩稜帯に入るのではなく、
まずは、登りやすい山で雪と向き合ってみる。
チェーンスパイクを装着するタイミングを考え、
レイヤリングを調整し、
水の量を計算する。
そうした一つひとつの積み重ねが、
雪山に慣れていく感覚を育ててくれます。
山頂から眺めた穂高連峰は、確かに圧倒的でした。
でも、あの景色は、特別な才能のある人だけのものではありません。
準備をして、
条件を選び、
無理をしなければ、
きっと届く景色です。
もし、
✔ 冬のアルプスに少し興味がある
✔ でも、いきなり難しい山は不安
✔ まずは一歩、踏み出してみたい
そう思っているなら、
小屋営業終了後から林道冬季閉鎖までのこの短い期間の蝶ヶ岳は、
とても良い選択肢になるかもしれません。
派手な山ではありません。
けれど、静かに背中を押してくれる山です。
白い稜線の向こうに広がる穂高連峰を、
いつか自分の目で見てみたい。
そう思ったときが、きっと最初の一歩です。
今回の積雪期蝶ヶ岳で実際に使用した装備はこちらにまとめています。
参考にしてください。


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